
| 【勉強会 報告】 |
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■□ 第5回 勉強会 『日本・アジア・アフリカ: 農村社会開発の評価と展望』
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テーマ : 『日本・アジア・アフリカ: 農村社会開発の評価と展望』
講 師 : 高瀬 国雄 氏 (財)国際開発センター顧問 / TCSF理事
日 時 : 9月8日(金)18:30~20:30
場 所 : 早稲田大学アジア太平洋センター(19号館)610号室
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| 【勉強会の概要】 |
1 コメ生産の歴史的発展
日本の1400年のコメ生産と、その表を使ってアジア・アフリカ各国の現状を比較し、コメ生産の歴史的発展についてのべた。
すなわち、日本のコメ生産で最初の注目すべきこととしては、弘法大師が、灌漑の重要性を知り、香川県に満濃池といわれる溜め池を作ったことがあげられる。 西暦700年には年間のもみコメの収量0.8
トンがであった収量を800年には1.0トン(1.0metric ton per
hectare=メートルトン/ha)に向上させることができた。それ以降、日本のコメの収穫量は増え続けた。 明治維新後は、「新品種」を作り、「肥料」にも目が向けられた。これに灌漑が加わり、1880年には日本のコメ収量は2.5トンに上がった。 しかし、第二次世界大戦までは、地主と小作の関係が問題だとされてきた。
すなわちコメ実際に作った人に生産のインセンティブがなかったのである。この問題に関して、戦後、GHQ(連合国最高司令部)は、1947年に地主制度を改革すべきであるという見方をし、日本政府に対し、「農地解放」を提言した。そして、2~3年の間に収量が4トンから5トンに上がった。さらに、1960年には、6トンに上がった。1960年代以降の日本では,
コメ余りの状態が生まれてきた。今後は国際協力、まずはアジアからということで、1966年にアジア開発銀行ができた。
アジア諸国のコメの収量を上げるためには、日本が今までに経験してきたことを踏襲すればうまくいくのではないか? 日本はコメの自給を達成し、ほかのことに取り組む余力ができ、工業の発展につながった。 アジア諸国は、①多雨地帯の米作中心、②勤勉な国民性、③人口の多さという点がある。その後、アジア諸国の1990(1993-1995)年代は、世界銀行から「東アジアの奇跡」と呼ばれたように進歩を遂げ、自給を達成した。さらにそれ以上作ることが可能となり、タイのように外貨を稼げる国すら出てきた。
では、アフリカどうなのか?TICAD
I、TICAD
IIでの取り組みは、どのようなものであったのか? アフリカをアジアの水準にまで高めるにはどうしたらいいのか?ところがアフリカではコメは湿気も少なく習慣もないので、主食としてはキャサバやとうもろこしの方がいい。アジアでは緑の革新といわれるが、アフリカは「虹の革新(Rainbow
Evolution)」(7つの主農業果樹水産を指す)をいうことが言われている。
2 持続的農村開発の3原則
「人間、技術、環境」の3原則の説明 技術のほかに人間と環境(土地水資源、エネルギー鉱物を含む)が大事である。実施能力と住民参加と政治意志が大事な要素である。 さらにこまかく言えば、インフラ環境、研究、制度、加工、マーケット、金融などすべてがそろって、はじめて持続的農村開発が可能となる。東洋と西洋の宗教の違いも大きい。西洋は一神教、東洋は多神教であるから農業開発もその影響を受ける。
3 日本ODAの50年の歩み
日本のODAの歩みを振り返ると、1974、1976年が大事。(1974年:JICAの設立、1976年:賠償支払い完了) 1988年には、日本は第4次中期目標(1989年)のODA実績が世界一になった。2002年にはTICADが3回目まで開かれた。
4 国際貢献への日本のシナリオ
(1) 農林水産業の世界的役割 原材料は農村から出てくる。農林水産業を軽視しての経済開発は無理である。農業は食料と貿易と所得増加の基本である。
(2) 人間・環境と共生する農林開発 主な点は京都議定書に組み込まれた。
(3) 「貧困削減」より「貧富格差是正の重視」 世銀などの国際機関が最高スローガンとしている「貧困削減」では不十分である。「貧富格差縮小」を長期的大目標とし、先進国のエゴイズムを猛省しないかぎり、地球上の紛争や戦乱は絶えない。 マクナマラ(R.C.
McNamara, 1968-1981
世銀総裁)が世銀の予算の4割をアフリカの貧困削減に投入すると1973年に発表した。しかし世銀は大規模irrigation(灌漑)はおこなったけれど、食料増産に役立つ小農までは及ばなかった。供与した資金は最終的にどこにいったのかを正しく知る必要がある。底辺の人は何もできず、貧富の差がひどすぎる。そして今後これを解決しないと、本当の開発はできない。
5.
21世紀6次産業への共生システム
農、牧、林、漁業が補完し合う。持続可能な共生システムをめざす。原材料を工業で加工すると、市場では4~5倍の価格で売れる。一次産業、2次産業から最終的に6次産業まで作ると、もっと高く売れる。中国へ行ってこの話をしたら、「中国では千年もまえからこのようなことはしてきたが、こうして図にするとよく分かる。この考えは曼荼羅図のようだ」と誉めてくれた。
6アフリカ開発40年の教訓
1960年代に独立したとき、アフリカはアジアより経済・社会状態がよかった。しかし、その後問題点がでてきた。たとえば1999年のODAの使途を見ると、その74パーセントは教育や保健など、農業以外のことに使われている。このような先進国の支援に、相当大きな問題があった。2008年のTICAD
IVに向かってこれらの是正策を考えなければならない。
7.アジア・アフリカ農業の制約条件
アジアとアフリカの農業の制約条件を比べた場合、アジアにあってアフリカにはなかったものとして、文化的主体性、水資源、地質・土壌、政治的安定性、経済体制、食料自立政策などがあげられる。
8 TICAD III の開発戦略
1999年のODAのアフリカの農業への配分はたった7%。経済成長のためには間違っている。 アジア開発銀行が、1960年代の「緑の革命」に30%以上の農業投資を行ったのと、根本的に異なっている。
9.世界資源の大部分は20%の富裕層が独占、スハルトやマルコス
表:参照 20%の最富裕者層が世界の
GDPの86%を占める。 20%の最富裕者層が世界のインターネットのユーザーの93.3%を占める。
10 貧富格差縮小こそ21世紀人類の目標
貧富の差がこのままつづけばどうなるのか?そうならないためにはどうすべきか? 最低所得国の一人当たりGDPは1950年代から
2000年まで変わっていない。 GDPの年成長率を、先進国は2.4%ぐらいにし、途上国は4.6%に保てば50年ぐらいたてば、格差が2.3から10ぐらいにまで縮小できるのではないか。互いにセーブし合うことが大事。こうなると戦争も起こりにくくなる。
11
日本アジア世界を駆け抜けた一つの人生
月刊国際開発ジャーナル 2005年7月号 70,71ページ参照
結 論 しかし、アフリカの発展をアジアと比べると、アフリカはホープレスというわけではない。 たとえば、エジプトやキリマンジャロのコメの単収日本なみに高い。これは日本の援助が奏功した。 このように、こういう力を生かしていくのが、TICADの今後の役割である。
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質疑応答
Q.資料の7 アフリカ・アジア農業の制約条件について。人為的なものとそうでないものがまざっている。農業政策の中の「食料自立政策」であるが、なぜアジアにできて、アフリカにできないのか? A.一言でいえば、アフリカには主体性がなかった。アフリカの政府に政策がなかった。
Q.でも、アジアでも、植民地化された国はあった。主体性とは? A.アジアはインドやパキスタンは占領されていた時期がアフリカに比べて短かった。また近くに日本という独立国があり、敗戦後も、復興している。これを真似ればいいという点もあった。スハルトやマルコスなどは、そう考えたのではないか。
Q. TICAD
IIIの開発戦略についてであるが、ODAのうち、農業の配分7%と他の74%が問題といわれたが、やはり教育などに多くのお金を投資するのは大事なことではないのか?農業にお金を費やしても、うまくいかないのではないか?)。 A.それは欧米諸国の考え方である。 農業が進歩して経済が成長しないで、どうやって福祉ができるのか?まずコメの収量を、最低3-4
metric ton/ha
まで持っていくことが大事である。欧米諸国がODAをばらばらにおこなったことも問題であった。経済成長を考えてから、社会公正に移るという長期的視点が大切である。
Q.1のコメ生産のグラフ。 国別の生産の伸びの格差。たとえばカンボジアは遅い。成長の差は、三原則(環境、技術、人間)のバランスか? A.それは私ではわからないが、それを調べることも大事。たとえばカンボジアはポル・ポト戦争があった。ラオスは戦争をしていない。そしてラオスの従順な国民性などにもよるだろう。
Q.コメの研究という点では高瀬氏の研究は世界的でおもしろい。しかし、アフリカの人はコメだけを食べているのではない。レインボー(7種の作物)の発展が必要。これは同感。そうすると、とうもろこし、キャサバなどをも考えてみると,ここにあるコメの収量の伸びと同様の図が、これから作ることができるのではないか?そうすればアフリカの悲観的な考えは、すこし改められるのではないか? A. キャサバについては、アジアとは比べられない。たぶんキャサバはアフリカには適しているがアジアではできない。私の研究はまだそこまでいっていない。 今後、そういうことを材料にして、吉田先生のご指導の下、TICADへのサジェスチョンとなるのでは?
Q.コメの重要性はアフリカでも認識しているのだろうか? A.農村で実際食べているのは、キャサバ、ヤムイモなどであり、今後のこういった研究としてはアフリカ内での地域分けをした研究が大事であるだろう。もちろんコメのできる地域もあるだろう。ベストコンビネーションを、次回のTICAD IVでは無理でも、2015年ぐらいを目標にしたサジェスチョンを、TCSFはすべきであろう。
Q.アフリカでもコメの食べる地域、食べない地域への差、また、エチオピアのテフなどの地域的に限定的なものと、キャサバなど比較的広域で作られているものがあり、コメは貯蔵できるが、キャサバやヤムは無理である。したがってこういうものを、コメと比べるのは無理ではないか?また伝来の作物がある以上、これを急に変えるのは難しい。「自分たちには自分たちのやりかたがある。アフリカはアジアの真似事をする気はない」というアフリカ人としての問題を、TICADにおいてはどうかんがえるべきなのか?しかし一方、日本とアフリカの経験で、アフリカに適用できるものもある。たとえば、
人材育成をかんがえるまえに、人が汗して働くということを考えるべきでは?農作業の作業時間について、単純に考えると、暑いからできないといわれるが、たとえば日本でも暑い。ところが日本では明け方働き、昼は休憩し、夕方働くというやりかたをしてきた。日本も気候がよかったのではない。アフリカの人に言いたいのは、二宮金次郎な勤勉という考えが、庶民にとけこむことが大事である。日本の村の例を具体的に、行動にあらわしてやってみる(日本のお年寄りに行ってもらって、アフリカの人に見てもらう)。これがもう一つの協力ではないのか?土地を借りてやってみせる。日本の篤農家が、現地に適合した形を示せるのでないか?
A.
これがTICAD市民社会フォーラムでまさに作ろうとしている。隣の人がうまくやっているということが大事。JICAの人たちではなく、同じ目線の人が。TCSFではアフリカで活動しているNGOを、6つか7つぐらい選んで、活動内容を聞いている。マリのカラの動きなど。教育、保健など最低限のレベルを確保できてこそ、野菜について考えるようになる。私も1992年にマリに行ったとき、カラの村上さんの努力に感心して、病院作りに協力した。ケニヤで活動している日本のNGO、 CanDoにも話を聞いている。何もないところから始めて5年ぐらいで、少しずつ実ってきた。NGOにはアフリカ支援において一番困ることなどを聞いて、2006年白書に反映させる。アフリカではNGOといえども、しっかりしたのは少なくて、現地の人にすれば、NGOは特権階級かもしれない。村として“団体”をなしていない。“団体”に入り込むのにはどうしたらいいのか?だからこそ5年かかった。そういうことをまとめて、TICAD
IVまで、あと2-3回の白書を作ろうと思っている。
Q. タイトルの「農村社会開発の評価と展望」の「社会」の方になぜ重きを置いたのか? A. 農業、農民、農村というが、農ということは一つでよい。 農は商や工に対して一つでよい。農村開発といいたいが農村開発というと農村経済開発が先行する。そうでなくてはならなかったのでそうなったのだろうが。農村経済開発が農村社会開発に優先してきた。農村社会開発=今までは3割ぐらいしかおいていなかったのを5割はおいて欲しいので、「農村社会開発」といういい方をする。日本人は「農業経済」に重きを置くので、「農村社会開発」の方が大事であると、次回のTICAD
IVぐらいまでは言わねばならないだろう。 Q.「7.アフリカ・アジアの農業の制約条件」の表の「土地所有制度」の中で、アジアの農地制度の面というのが、地主政策が○か×か?コメ生産という意味では、それはよいことであったったのか? A.
アジアの地主制度はよくなかった。日本は農地改革のおかげで、コメの収量が伸びた。タイ、ラオス、カンボジアなど他のアジアが経済的に日本ほど伸びなかったのはこれである。例として、フィリピンは1960年代にマルコスが出てきた。1986年アキノも自分が地主なので農地改革にあまり熱心でなかった。だから表の中でアジアのところもXにした。フィリピン農地改革は1990年代のJBICの成果のひとつである。アフリカはその観念が全くないみたい。アフリカのような人口の少ないところでは、大地主や小地主など、分けられるようにさえ、なっていない。アジアもアフリカも、両方ともあるべき土地所有制度=インセンティブをとらせるという日本のレベルまでは達していない。しかし、そろそろ次回のTICADでは考えるべきことである。
Q. 雨の少ない地域で、水をたくさん使う穀物はさけるべき。化学肥料を使うと土壌劣化する。そういう意味で、少ない水を使い、肥沃度を下げないようにするのは、今までの経験ではどこで、何があるか? A. 9月12日JICAFが国連大学で会議をする。そこで出てくるかもしれない。日本の農業知識は限られている。アフリカで農業支援している日本の団体はいくつかある。JAICAF(日本農林業協力・交流協会、JANARD(農業・農村開発NGO協議会)、J-FARD(国際農業研究・持続的開発フォーラム)、JIRCAS(国際農林水産業研究センター)の先生方がそれぞれに研究しておられる。
Q. 日本も農業にたいする支援を、もっと考えるべきか? A. OECDは日本のNGOにもっとアフリカ協力をやってほしいといっているアフリカ農業については、アジアの経験を生かせる日本が中心になるべき。外務省もやる気になってきた。 そのことで国会もやる気になってきた。
Q.タンザニアに穀物銀行の例がある。穀物銀行にあずけて、農民が買い戻す、価格の変動差を是正するという取り組みをNGOがしている。日本はNGOに接触しない。もう少し日本はODAとして、NGOの活動を評価すべきでは? A. 私も今年の前半まではそう思っていた。しかしアフリカにどういうNGOがあるのかが、不明である。2006年白書ではそれをまず明らかにした上で、2007年白書ぐらいで「日本ODAの協力提言」ができればと考えている。 |
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