あ行

アパルトヘイト (apartheid)
 アフリカーンス語で「分離、隔離」を意味する言葉。
南アフリカ共和国における白人と非白人(黒人、インド・パキスタン・マレーシアなどからのアジア系移住民や、カラードとよばれる混血民)の諸関係を差別的に規定する人種隔離政策・制度を指す。第二次世界大戦後、国民党政権下で法制化され、強力に推進されたが、国際社会から激しい非難を浴び、経済制裁の対象となった。国際連合では、「人類に対する犯罪」とまで言われた。1991年2月、デ・クラーク大統領は、アパルトヘイト全廃を宣言し、その体制にようやく終止符が打たれた。
アフリカ農業総合開発プログラム
                  (CAADP:the comprehensive African Agriculture Development program)
 2002年にローマで開かれたアフリカ閣僚会議で最終承認された計画である。
アフリカでは農業が経済の中で主要な役割を果たしており、全労働力の60%が農業部門で雇用されているほか、輸出総額の20%、国内総生産/GDPの17%を農業部門が占めている。しかし依然としてアフリカ諸国では2億人以上の人々が栄養不良に悩まされている。
CAADPは下記の4つの点を基本的な政策の柱と位置付けている。

 ・持続可能な土地管理の実施地域の拡大
 ・農村部インフラストラクチャの改善
 ・食料供給量の増加
 ・食料安全保障の向上を目的とする農業資源および農業技術の利用促進
 アマルティア・セン (Amartya K. Sen)
 1998年のノーベル経済学章受賞者。
現在イギリスのケンブリッジ大学のトリニティー・カレッジ学寮長。研究分野は多岐にわたるが、なかでも厚生経済学と社会選択理論への貢献が大きい。潜在能力アプローチに基づく厚生経済学と開発経済学の批判的再構成を試みる。インド・ベンガル出身でアジアの開発問題へのユニークな研究アプローチで知られている。「人間の安全保障委員会」では緒方貞子氏(現JICA理事長)と共に共同議長を務め、2003年5月に紛争と開発の両面に係る包括的な取り組みを提唱する最終報告書を発表した。  (「貧困削減 用語集 http://gwweb.jica.go.jp/ 」より)
 
 インセンティブ (Incentive)
 開発援助に関する文脈では、プロジェクトにおいてしばしば使われる、人々の動機付けの手段を指す。
その多くは短期の貸付など金銭面の援助、もしくは米や砂糖の配給など物質面での援助であるが、これは現地住民の自助努力を妨げ、ドナーへの依存を生むことがあるため、その実施に関しては様々な議論がある。
 インフォーマルセクター (Informal sector)
 経済活動が公式に記録されず、主として零細で、血縁関係や個人的社会関係をベースとする企業から構成される部門。
ルイスの二部門モデルにおいて、都市の工業部門に吸収されると想定された農村の余剰人口は、実際には多くの途上国において都市のインフォーマルセクターに吸収されている。構造調整プログラムの実施後、発展途上国の多くの都市ではインフォーマルセクターが拡大した。(「国際協力用語集」国際開発ジャーナル社より)
 援助疲れ
 一般的に1990年代に入って、先進援助国において、財政状況の悪化や景気の後退などの理由で、対アフリカ援助供与量が伸び悩んだ傾向を見せた状況を指す。
援助量の横這いまたは減少の背景には、財政状況の悪化のほかに、主要な援助対象地域であるアフリカ諸国の停滞や後退に見られるように、援助の効果が現れないため、援助の効果について疑問が生じ、援助予算に対する国民の支持が現象したこともある。日本は、主要な援助国が援助疲れを見せる中で、1990年代前半は着実にODA予算を倍増させてきたが、危機的な財政状況の中で、98年度のODA予算を10%以上削減することになった。他の援助国が援助疲れから脱する傾向を見せる中で、日本は最も遅い「援助疲れ」を経験することになった。 (「国際協力用語集」国際開発ジャーナル社より)
 援助モダリティー
 援助モダリティーとは援助の様態の事をいい、時代によってそのモダリティーは変様する。
1980年以前の援助はプロジェクト型が多く、援助国の経済政策に介入することはあまりなかったが、1980年代に入ると、先進国や国際的な援助機関は被援助国の経済政策に対してコンディショナリティーを課すようになった。構造調整プログラムはその代表例である。1990年代には選別性のストラテジーが援助疲れの反省として表れた。
 エンパワーメント (Empowerment)
 日本語では一般的に、「力をつけること」「力の付与」と訳され、本来他動詞的に用いられる言葉であり、他社が「誰か」(開発援助の文脈では援助の受益者、対象者)を「力づける」こと。
特に社会的弱者の社会的・経済的・政治的地位の向上のための運動や戦略概念として使われるようになったのは1980年代である。開発援助の現場ではエンパワーメントという言葉が、援助する側の思惑で使われ、地域社会の現状やニーズを無視したプロジェクトが行われる事もあると言われている。エンパワーメントは、社会的地位の向上を目指して、個人で経済活動、社会に参画するために必要とされる知識や能力をつけ、さらには自助・自立を通して力をつけた者が様々な意思決定過程に加わる力をつける、そのプロセスをいう。(『援助とエンパワーメント』 佐藤寛 2005)
 オーナーシップ (Ownership)
 「オーナーシップ(Ownership)」は、被援助国・途上国側の「主体性」「当事者意識」「自助努力」等と訳されることが多い。
「オーナーシップ」という概念自体は新しいものではない。特に、日本の技術協力においては、当初から途上国側の自助努力重視の姿勢を一貫して打ち出してきた。国際社会において、近年「オーナーシップ」という概念が盛んに議論されるようになった背景としては、これまでの技術協力のあり方が、途上国側の「オーナーシップ」を低下させ、効果を生むどころか、逆効果でさえあったのではないか、という過去の技術協力に対する反省や、途上国自身が自らの問題として開発課題をとらえ、自らの手で何とかしようとする姿勢や意思なしには、結局はどのような技術協力を行おうとも持続的な発展は望めないという考えがその根底にある。  (「貧困削減 用語集 http://gwweb.jica.go.jp/」より)
 緒方貞子(おがたさだこ)
 国際政治学者。第8代国連難民高等弁務官。在任は1991年〜2000年。
1927年生まれ。1963年にカリフォルニア大学バークレー校で政治学博士号を取得後、68年に国連総会の日本政府代表顧問となったのをはじめとして、以後様々な形で国連の人権、人道問題に関わる。1976年には、日本で最初の女性の国連代表部公使に就任。さらには、UNICEF執行理事会議長も務める。1991年1月に、第8代の国連難民高等弁務官に就任後、2度の再選を経て2000年12月末まで高等弁務官としての職務を全うする。2001年11月に、アフガニスタン支援政府特別代表に任命され、2002年1月21日から22日にかけて東京で行われたアフガニスタン復興支援国際会議においては共同議長を務めた。 その後、現職であるJICA理事長を務めている。
Copyright (C) 2006 by TICAD Civil Society Forum All Rights Reserved.