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   <title>from oversea / 海外だより</title>
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   <updated>2008-02-28T11:55:36Z</updated>
   <subtitle>TCSFメールマガジン掲載中のVoice from Africa、メンバーからの投稿記事、海外CSOの英語・仏語ニュースなど。
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   <title>アフリカ人の声をきけ ; コンゴ民主主義共和国</title>
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   <published>2008-02-28T11:53:48Z</published>
   <updated>2008-02-28T11:55:36Z</updated>
   
   <summary>名前：Felix Missiala 年齢：35歳 職業：労働者 出身国：コンゴ民...</summary>
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      名前：Felix Missiala
年齢：35歳
職業：労働者
出身国：コンゴ民主主義共和国

メッセージ：
「Before going to Africa, you have to respect and accept Africans who　live in your country. You will never succeed in Africa if you don&apos;t know Africa.

（アフリカに行くならば、日本で暮らすアフリカの人のことを尊敬し、受け入れなければならない。アフリカを知らずにアフリカに行っても、決して成功はできないだろう）
      
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   <title>アフリカ人の声をきけ：アフリカ2008キャンペーン</title>
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   <published>2008-02-01T15:52:51Z</published>
   <updated>2008-02-01T15:54:48Z</updated>
   
   <summary>昨年開始した「アフリカ2008キャンペーン」では、アフリカの人々からさまざまな ...</summary>
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      <![CDATA[昨年開始した「アフリカ2008キャンペーン」では、アフリカの人々からさまざまな
メッセージを集めています。

今回から、キャンペーンのブログに集まった「声」をメルマガでもご紹介します。

名前：Nana Antwi B.Brempongさん
年齢：36
職業：社会開発精神学者
出身国：ガーナ

メッセージ：
「Children are life’s giving blessings. They need us day by day and the best
 way we can show our love is by being there. They should be loved, cared
 and not exploited.」
（子どもたちは生命の恵みである。彼らは毎日私たちを必要としている。
彼らへの愛情を示す最もよい方法は、傍にいること。彼らは愛され、保護される必要がある、搾取ではなく。）

このほかのメッセージは、「アフリカ2008キャンペーン」ブログをご覧ください。
メッセージの募集も行っています。
---＞　<a href="http://www.africa2008.jp/voice.html">http://www.africa2008.jp/voice.html</a>]]>
      
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   <title>第46回：日本に興味を持つ人々（エチオピア）</title>
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   <published>2007-11-30T05:36:30Z</published>
   <updated>2008-02-01T15:52:39Z</updated>
   
   <summary>第46回：日本に興味を持つ人々（エチオピア） ■「あなたもご存知のように英文で書...</summary>
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      <![CDATA[<strong>第46回：日本に興味を持つ人々（エチオピア）</strong>


■「あなたもご存知のように英文で書かれた『将軍』は、2015ページという長編で、読破するのは容易ではありません。私も読み始めたのはいいですが、418ページにたどり着くまで相当な時間がかかりました。

なぜ418ページを鮮明に覚えているかというと、このページから日本の社会のシステム、日本という国がどう成り立っているのかが書かれていたからです。

私は目から鱗の落ちる思いで残りのページを一気に読み上げました。
それからです。日本のことがとても気になり始めたのは・・・」

（エチオピアの小学校の先生の言葉）


■エチオピアの人はアジアにかなりの興味を持っています。日本製や韓国製の車や電化製品が多く売られていますし、近年成長が目覚しい中国も注目の的です。他のアフリカ諸国でも、同様のことが言えると思います。

ところで、エチオピアでは年配の人は日本についてよく知っています。なぜなら、昔、勤勉な日本のことが教科書に載っていたからだそうです。

今も日本は、勤勉のお手本となれるのでしょうか。（白鳥清志）]]>
      
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   <title>第45回：人生は楽じゃない・・・（マラウイ）</title>
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   <published>2007-11-30T05:36:30Z</published>
   <updated>2007-11-30T05:38:41Z</updated>
   
   <summary>第45回：人生は楽じゃない・・・（マラウイ） ■「水草は水に浮いているだけで楽か...</summary>
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      <![CDATA[<strong>第45回：人生は楽じゃない・・・（マラウイ）</strong>

■「水草は水に浮いているだけで楽かもしれないけれど、それは人間の暮らしとは言えないんじゃないかな」

■マラウイに来てまもなくのこと。天気のいい日にマラウイ湖までドライブし、橋で休憩したとき、水面にたゆたう水草が見えました。

「水草はいいなぁ、ああやって浮いているだけでいいんだから」と言ったところ、
30代前半のドライバーさんから上記の反応。

いつも冗談ばかり言って人を笑わせていた彼が「人生は楽なだけじゃないよ。人間なんだから働かなくちゃ」とつぶやきました。

■当時私は独身貴族。一方、同年代の彼の方は中学卒業後、離婚したお母さんや弟の面倒をみるために働き始め、既に5人の子持ち。

背負っている“responsibility”の重さの違いを思い知らされた瞬間でした。（小林由季）]]>
      
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   <title>第44回：「久しぶり！」の後に続いた言葉は・・・（ジンバブエ）</title>
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   <published>2007-11-05T12:18:01Z</published>
   <updated>2007-11-05T12:21:31Z</updated>
   
   <summary>第44回　「久しぶり！」の後に続いた言葉は・・・ ■TCSFで2007年4月から...</summary>
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      <name>管理人</name>
      
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      <![CDATA[<strong>第44回　「久しぶり！」の後に続いた言葉は・・・</strong>

■TCSFで2007年4月から働くことが決まった時、「この目で、まだ見たことのないアフリカへ行ってみたい！」という思いから、4月のTCSF研修期間に10日間の休みをもらい、アフリカへ行きました。

行先は、ジンバブエ。

政治状況が最悪と言われているジンバブエになぜ？と知り合いに散々言われたものの、理由は単純。友人がJICAの青年海外協力隊でジンバブエにいただけのこと。

■長い岐路の後、ハラレ国際空港に着き、「久しぶり！」の後に友人から聞いた言葉は、「人がいるところでは大統領の名前を口にしないでね」でした。

この言葉に、少し尻ごんでしまいましたが、実際にハラレの街を歩いてみると、それほど危険なものではなく（もちろん、夕方以降は出歩かず、危ない所には一切近寄らなかったからですが）、それどころか、人々の笑顔に驚かされました。

貧しく苦しい生活をしている人々でも、こちらがほほ笑めば、ニコっと笑って返してくれる。こんなに遠い日本とアフリカ、全く違う世界だと思っていたアフリカですが、アフリカをとても身近に感じた、私の初アフリカ旅行でした。（山田　真理子）
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   <title>第43回：僕は、この国を去らない　ジンバブエ</title>
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   <published>2007-10-11T06:38:05Z</published>
   <updated>2007-10-11T06:40:13Z</updated>
   
   <summary>第43回：僕は、この国を去らない　ジンバブエ ■「この国は、みんなが去りたいと願...</summary>
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      <![CDATA[<strong>第43回：僕は、この国を去らない　ジンバブエ</strong>

■「この国は、みんなが去りたいと願っている国なんだ。
    だけど僕は、この国を去らない。ここは僕の国なんだよ」

　　　　　　　　　　　　　 （ジンバブエ　30歳、男性、NGO勤務）

■いわゆるジンバブエ人ディアスポラとして国外に出てしまったジンバブエ人が400万人にのぼるとすらいわれています。

IMFは、ジンバブエのインフレ率（年率）が年末には10万％に到達するであろうとしています。
実際、政府による強制的な価格統制の導入が物不足に拍車をかけ、ジンバブエの経済状態はすでに崩壊状態になってしまいました。

医師や教師などのスキルある人々だけでなく、もはや国民の多くが南アなどの近隣諸国や英国へ職を求め、国内の家族を経済的に支えなくては生活ができない状態となりました。

政治的混乱と経済の悪循環は、豊かな国であったジンバブエを、その国民を追い詰めています。

この言葉を述べた彼は、政府に睨まれながらもメディア系のNGOで人権活動を行っている活動家のひとりです。（あふりかくじら）
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   <title>第42回：クリスチャンが教えてくれたイスラムの教義　マラウイ</title>
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   <published>2007-10-11T06:33:01Z</published>
   <updated>2007-10-11T06:37:40Z</updated>
   
   <summary>第42回：クリスチャンが教えてくれたイスラムの教義　マラウイ ■「ムスリムの場合...</summary>
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      <name>管理人</name>
      
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      <![CDATA[<strong>第42回：クリスチャンが教えてくれたイスラムの教義　マラウイ</strong>

■「ムスリムの場合は、面倒さえ見ればたくさん奥さんを持っていいんだ。
   宗派によって持てる数は違うけれど、2人、4人、6人、と必ず偶数なんだ。
  それは奥さん同士でおしゃべりする相手がいて、寂しくないようにするためなんよ。」
   （クリスチャン、30代前半の男性）

■マラウィアンは“My hobby is chatting”というくらいおしゃべり好き。
仕事で遠出すると、移動中の車の中でおしゃべりがはずみます。

この前、エネルギー局の同僚2人と地方電化の調査で未電化村に出かけ、電気を使う可能性のある施設としてメイズミル（とうもろこし製粉所）やお店、学校や保健所のほか、教会やモスクの数を調査しました。それで次のサイトへの移動中、いろいろな宗教で許されていること、いないことが話題になりました。

「クリスチャンの場合、カトリックはお酒を飲んでいいけど、長老派は飲んじゃ駄目なんだ。だからお酒を飲みたかったらカトリック教会のメンバーになった方がいいよ」などと冗談半分で話していた彼ら。

ムスリム人口は２割と言われるマラウイで、クリスチャンの彼らがしたり顔で説明してくれたイスラムの教義がこれ。

私はイスラムの教義にはまったく疎いので真偽の程はわかりかねるのですが、「おしゃべりする相手がいて寂しくないように」というあたりが、おしゃべり好きなマラウィアンらしい解釈だと思い、おかしくなりました。（本当だったりして。どなたか教えてください。 小林由季）]]>
      
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   <title>第41回：　質問多いね！　エチオピア</title>
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   <published>2007-07-19T13:06:33Z</published>
   <updated>2007-07-19T13:08:24Z</updated>
   
   <summary>第41回：　質問多いね！　 ■エチオピアコーヒー名産地　イルガチャッフェ豆洗浄・...</summary>
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      <![CDATA[<strong>第41回：　質問多いね！　</strong>

■エチオピアコーヒー名産地　イルガチャッフェ豆洗浄・選別工場長

■アフリカの小学校の授業の一般的なスタイルは、先生が一方的に板書をしながら講義をするというものです。子どもの声がすると思ったら、だいたいが先生の後に続く復誦です。

そう、クラスの中で積極的な質問はほとんど聞かれません。

学生は教室の外でも大学生になっても質問の習慣がないため、あるいは先生の権威が絶対だからか、黙々と知識を吸収しています。大人になっても、質問ができないから、わからなくとも、「はい」と言います。エチオピアで暮らしていた頃、「わからないんだったら、聞いて！」と我が家のスタッフに対して一人で怒っていたものです。しかし冷静に考えてみると、彼らは質問ができる環境で訓練されていないんですよね。

そんな中、アフリカ理解プロジェクト代表の白鳥くるみさんとTCSF理事の白鳥清志さんと一緒にエチオピアコーヒーの名産地、イルガチャッフェに行くことにしました。

アジスアベバを早朝6時に出発し、ケニアまで続くきれいな舗装道路を突っ走っても到着したのは正午。これだけ遠いイルガチャッフェですが、百聞は一見に如かず、行ってみる価値は十分にあります。

とにかく緑も人々の生活もエチオピアの一般的な農村と比べるととても豊かに見えます。コーヒーの生豆を洗浄し、選別する工場は、きれいな湧き水が出る山の斜面に位置していました。残念ながら工場は稼動していなかったため、コーヒー農家の農民と洗浄・選別要員が総勢数千人も作業している圧巻の光景は見られませんでしたが、工場長が通訳を介してプロセスを簡単に説明してくれました。

通訳の説明が終わらないうちに、3人が代わる代わる我も我もと質問するものだから、工場長は圧倒されたようです。質問が落ち着いたときに工場長が発したのが冒頭の一言。

彼にとって、見学に来るお客様は「説明をだまって聞く人たち」という考えがあったのでしょう。

「イルガチャッフェ」ブランドの商標が取れた今、地域の人たちは経済的にはさらに豊かになるでしょう。その豊かさと引き換えに、豊かな自然が失われなければいいなという思いを胸に帰途につきました。（國枝美佳）
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   <title>第40回：難民と苗木　（チャドのスーダン難民）</title>
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   <published>2007-07-19T13:03:54Z</published>
   <updated>2007-07-19T13:05:50Z</updated>
   
   <summary> 「彼らがスーダンに植えた木が大きく育っているのだから、私たちもチャドに木を植え...</summary>
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      <![CDATA[

<strong>「彼らがスーダンに植えた木が大きく育っているのだから、私たちもチャドに木を植えたいのです」</strong>

■2005年、チャド東部に設置されたスーダン難民キャンプで育苗・植林活動にかかわっていた時のことです。

■私が活動にかかわり始めた当初は、多くの難民が、食料、医療、水のような生活に直結する支援しか受け入れない傾向にありました。事実、植林により、即生活が改善するわけではありません。私たちは、生産した苗木のうち、難民が積極的に植樹してくれる苗はわずかなのではないかと危惧していました。

しかし、6月の植樹の時期、現場のスタッフから入ったのは、苗木を求めに来る難民が多いという喜ばしい情報。上の言葉は、木を植えたいとやって来たある難民の声です。

80年代、チャド人が難民としてスーダン側に滞在していた時期がありましたが、その時にチャド難民が植えた木が現在スーダン人の生活の一部となっているそうです。紛争に翻弄された両国の住民がお互いを思いやる気持ちに触れ、私の心も和んだ瞬間でした。　（竹越久美子）
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   <title>第39回：　名士の言葉　タンザニア</title>
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   <published>2007-07-19T13:00:30Z</published>
   <updated>2007-07-19T13:03:12Z</updated>
   
   <summary>第39回：　名士の言葉　タンザニア 「いつ実施されるかは誰にもわからないけれど、...</summary>
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      <![CDATA[<strong>第39回：　名士の言葉　タンザニア</strong>

<strong>「いつ実施されるかは誰にもわからないけれど、機会が訪れたとき具体的に
　　説明できるように、計画が必要なのです」</strong>

■タンザニア北部の農村の村長で県議会議員（当時）だった サミュエル・モシさん。
　　　　　　　　　自ら自動車修理工場や旋盤などの工場を経営する実業家）

■もう10年以上も前になりますが、タンザニア北部キリマンジャロ山麓のとある農村で、農業調査をしていました。

そこでは畑作物とともに、河川水を水源として灌漑し、コメを栽培していましたが、河川水量が少なく不安定なため、水田全体に灌漑水を行きわたらせることは難しく、塩害や干ばつによって不作となっていました。そこで、コメの収量向上と安定生産のために、補助水源として近隣にある泉の水を利用した灌漑計画を作ることになりました。

そして、計画はできあがりましたが、実施されるかどうかは私たちにも確約はできません。そのことを伝えた時に、モシさんから上の発言がありました。

物事はすぐには動かないけれど、その時が来るまでに準備をしておくことが大事であることを、彼はよく知っていました。「調査はもう十分だから、すぐにプロジェクトを実施してくれ」とよく言われてきたコンサルタントの私には、大変勇気づけられる一言でした。

彼は、キリマンジャロ山麓の村で11人兄弟の末っ子に生まれました。家族全員を養える食料が確保できなかったことから、幼い頃に家を出され、山を下りたそうです。その後奨学金などを貰い、中学校を卒業し、さらにジンバブエの大学を卒業したというサクセスストーリーの持ち主です。幼い頃は相当苦労したそうですが、その分、いろいろな夢を実現するのに時間と辛抱が必要であることを身をもって体験し、よく理解しているのかも知れません。人柄も良く、外国人の知り合いも多いモシさん、今頃、どうしているかなぁ。

なお、この計画は、調査の一環として、実証試験という名目で一部が実施されました。水田の下流域は水不足から解放され、生産は増加し、計画の妥当性は立証できました。（君島　崇）
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   <title>第38回：「整髪料を貸してくれないか」　ケニア</title>
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   <published>2007-07-19T12:58:02Z</published>
   <updated>2007-07-19T12:59:54Z</updated>
   
   <summary>第38回：「整髪料を貸してくれないか」　ケニア ■一昨年の9月に社会林業調査のス...</summary>
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      <![CDATA[<strong>第38回：「整髪料を貸してくれないか」　ケニア</strong>

■一昨年の9月に社会林業調査のスタディツアーでケニアを訪れたときのことです。

そのツアーの中でマサイ族の家へ1泊ホームステイしました。ホームステイ先から戻る際、その家族の長男で、ホームステイのガイドをしてくれた男性が突然、私にこう尋ねてきました。

始めはそんなものが珍しいのかなと思ったのですが、夜に開かれた親睦会でその理由が分かりました。

実は彼は親睦会で披露されたマサイ族のダンサーの一員だったのです。そのダンスの前に身なりを整えたかったのでしょう。

このツアーが私にとってアフリカ初体験だったわけですが、アフリカ現地の人々との直の交流から得られた一番の収穫は、彼らはは決して「貧困にあえぐ、かわいそう」な人なのではなく、我々日本人とそう変わらず、いたって「普通」なんだということに気づかされたことです。

ただ生まれた場所の違いだけで、全く異なった生活をせざるをえない。たまたま豊かな地に生をうけた者として何かできるのではないか、何かしたい、そう強く感じたスタディツアーになりました。
（伊芸研吾）
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   <title>第37回：饒舌なウィンカー　（タンザニア）</title>
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   <published>2007-07-19T12:53:52Z</published>
   <updated>2007-07-19T12:56:58Z</updated>
   
   <summary>第37回：饒舌なウィンカー　（タンザニア） ■タンザニアの首都ダルエスサラームか...</summary>
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      <![CDATA[<strong>第37回：饒舌なウィンカー　（タンザニア</strong>）

■タンザニアの首都ダルエスサラームからケニア国境近くの町モシまで、陸路を往復したことがある。

■四輪駆動のサファリはボディもがっちりしていて、なかなか快適な走りだ。車高が高いので、窓から広がる風景はすばらしい。援助で作られたという道路はほとんど人家もない荒野を貫くように伸びている。ほかに車もほとんど見当たらず、ドライバーは気持ちよさそうにびゅんびゅんとスピードを上げる。
車内にはリンガラ・ミュージックがガンガン流れる。

やがて前方にたくさんの人を乗せたトラックが見えてきた。ドライバーが追い越しにかかろうとして右のウィンカーを点滅させたら、前のトラックが左のウィンカーをすかさず点滅させた。するとドライバーは追い越すのをやめて、前のトラックの後ろにつく位置に戻ってしまった。

どうしたんだろう？　不思議に思っていると、対向車線の車が通り過ぎた。また、ドライバーが右のウィンカーを点滅させる。今度は前のトラックが右のウィンカーを点滅させた。それを確認すると、ドライバーはスーッと追い越し車線に入って前のトラックを追い越した。

こうした前の車とのウィンカーを使った交信は、その後、ドライバーが追い越しをするたびに繰り返された。残念ながらドライバーは英語を話さないので、事情が分からない。でも、追い越しをしたい車がウィンカーを点滅させると、前にいる車は前方の反対車線から車が来ているか、いないかをウィンカーの点滅で知らせているようなのだ。左を点滅させると「前方に車あり。まだ追い越さないほうがいいよ」、右を点滅させると「追い越しても大丈夫」ということらしいと解釈した私は、とっても感激してしまった。いいよね、こんなコミュニケーション。

あれから10年以上の月日が経ってしまったが、今でもタンザニアのドライバーたちは、ウィンカーを通した会話を続けているのだろうか。

** タンザニアでは、車は左側通行です。前の車のウィンカー点滅で、左が追い越し不可、右が追い越し可だったと記憶しているのですが、逆だったかもしれません。なにしろ、少しばかり昔のことですから。　<strong>（佐田桂子）</strong>
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   <title>第36回：「フランスでの一番の困難？ 孤独感だよ。」　セネガル人の孤独</title>
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   <published>2007-03-24T11:04:01Z</published>
   <updated>2007-03-24T11:07:14Z</updated>
   
   <summary>第36回：「フランスでの一番の困難？  孤独感だよ。」 ■フランス・リヨンに留学...</summary>
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      <![CDATA[<strong>第36回：「フランスでの一番の困難？  孤独感だよ。」</strong>

■フランス・リヨンに留学中のセネガル人大学生

知り合いのいないフランスに来てから、数々の困難に遭ってきたというセネガル人学生の友人がいる。彼は、フランスに到着したその日には野宿、その後フォワイエ（単身者用の寮）入居、金銭トラブル、学生寮への入居も拒否される。

学業でもセネガルの大学のときのように上手くはいかない。耐え切れずにイタリアにいる知人のもとに転がり込んだこともある。「こんなの知ってたら絶対来なかった」と言い切る。

もともとダカールで学生をしていた彼は、セネガルにいる学生たちの苦労もよく知っている。それでも、「どっちにしろ苦労するならダカールで大学生を続けていたかった」と。

■そんな彼に「フランスでの一番の困難って何？」と質問を投げかけた。

返ってきた答えは「孤独感だよ」。

どんなトラブルよりも「孤独感」が一番の困難だと即答したことに正直驚いた。

フランスに溶け込むことなくセネガルの生活、習慣、マナーをリスペクトし、厚い信仰心を持つ。「セネガルにいるセネガル人よりも自分はセネガル人だと思う」とも話す。

テランガ（ホスピタリティの意味）の国・セネガルからやってきた彼は、「孤独感」を紛らわせるかのように、現在、リヨンでダイラ（セネガルのイスラム一宗派・ムリッドの組織）の学生代表を務めて多忙な日々を送っている。（森 英麻）]]>
      
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   <title>第35回：カレンジンにとって走ることは、ブラジルのサッカーと同じさ！（マラソン王国ケニア）</title>
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   <published>2007-03-24T11:00:11Z</published>
   <updated>2007-03-24T11:07:35Z</updated>
   
   <summary>第35回：カレンジンにとって走ることは、ブラジルのサッカーと同じさ！ （ケニア北...</summary>
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      <![CDATA[<strong>第35回：カレンジンにとって走ることは、ブラジルのサッカーと同じさ！</strong>

（ケニア北西部リフトバレー州イテンの住民）

■2000年シドニー五輪を前に、NHKの「地球に乾杯」という番組が、ケニアのマラソンが強い理由を特集したとき、取材チームを案内して標高2500mのイテンを訪れた。そのとき、通りがかりの男性がインタビューに答えたこの一言が、私には印象的だった。

■イテンは人口数千人の小さな町にもかかわらず、周辺から五輪の金メダリストを何人も輩出していることで有名だ。この町を「Heart of Running（ランニングの中心地）」と呼ぶ人もいる。さらに、マラソンの世界ランキング上位者の7割は、イテンを含むリフトバレー州に暮らす、人口360万人ほどのカレンジン民族が占めている。

世界食糧計画（WFP）の飢餓撲滅大使として、マラソン世界記録保持者のポール・テルガトが登場するテレビCMを最近よく目にするが、彼もまたカレンジンだ。

CMでは給食の提供により学校に行く子どもが増える効果がアピールされていたが、ケニアの就学率の高さが、子どもたちのスポーツに触れるチャンスを増やしたことは間違いない。

テルガトが03年にベルリンで世界記録を打ち立てたとき、手にした賞金は数千万円にのぼる。貧富の差に関係なく、実力があれば誰もが豊かになるチャンスがあるマラソン選手は、今ではカレンジンの子どもたちにとってあこがれの“職業”となっている。ブラジルでは、「ストリートチルドレンが貧困から抜けだす手段はサッカー選手になることだ」と言われているが、似た現象といえるだろう。

冒頭の一言で男性は、「ブラジルの人気スポーツはサッカーだけど、この地域ではランニングだよ」ということを言いたかったのだと思う。深読みした私だが、スポーツもこうして背景を考えてみると、アフリカの今が見えてきて興味深い。　（関  幸生）]]>
      
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   <title>第34回：「ひとりで食べる者はひとりで死ぬ」 （エチオピアのことわざ）</title>
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   <published>2007-03-24T10:55:33Z</published>
   <updated>2007-03-24T10:59:58Z</updated>
   
   <summary>第34回：「ひとりで食べる者はひとりで死ぬ」　（エチオピアのことわざ） ■アジス...</summary>
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      <![CDATA[<strong>第34回：「ひとりで食べる者はひとりで死ぬ」　（エチオピアのことわざ）</strong>

■アジスアベバの食堂でお茶を飲んでいると、となりのテーブルで食事をしている人から「一緒に食べようよ」と唐突に声をかけられることがある。

にっこり笑って「もう食べましたから」と返事すると、相手は安心して自分の食事を続ける。

■エチオピア人が食事を始めるとき、周囲に「一緒に食べよう」と声をかけるのは、日本人の「頂きます」と同じくらい、自然と口をついて出てくる言葉だ。

ただし最近では、この習慣を改めるべきだと主張するエチオピア人も多い。

「我国では、家族の食事にも困っている者が多いのに、見栄をはって他人に食事を勧めている場合ではない」というのが、その理由だ。

なるほど豊かな国の国民が、ひとりで食事することに慣れているのに、「貧しい」エチオピアの国民が、誰かに食事を分け与えようとするのは、何とも皮肉に思えるかもしれない。

しかし他人と食事を分け合うことは、私たちが社会を築いていくうえで、もっとも基本的な行いのひとつではなかっただろうか。貧しい人々は、ひとりで食べることを学んだら豊かになるのか。それとも豊かな人々が、他人と食事を分け合うことを学ぶべきなのだろうか。（西　真如）]]>
      
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