« 2006年11月 | メイン | 2007年03月 »

2006年12月 アーカイブ

2006年12月03日

第32回:子どもの本を出版する人々 (タンザニア)

第32回  子どもの本を出版する人々 (タンザニア)

■アフリカの教育制度に関心を持つ日本人は多いが、アフリカ人の教育文化に関心を持つ人々は少ない。タンザニアでは、ODA/NGOの報告書・パンフレットが目に付く一方、細々ながらも、子ども向けの本を地道に刊行しようとしている人々がいる。

■青少年向け教育雑誌『Academia』(英語・スワヒリ語、定価約30円)の編集者は、週刊を目指し「全小学校13,000校に配布する」ことを夢見て創刊した。

いつしか雑誌は月刊になり、特集号「HIV/エイズ特集」への支援30万円をJICA事務所長(青木)に断られた後、ほどなくして雑誌は姿を消した(私の2年間の購読料も)。

2002年タンザニア「こどもの本最優秀賞」を、未就学少女の学ぶ意欲をテーマにした『ウペンドーの夢』(スワヒリ語)で受賞したElieshi Lemaは、一貫して少女や女性の置かれた課題を追って頑張っている。
彼女自身は出版業も兼ねているが、「出版社が原稿料を払ってくれなかったりして、作家の生活は楽ではない」と嘆く。1冊200~300円の定価は子どもには高く、買うのは外国人か一部のタンザニア人だけで、実は出版社も楽ではない。書店も少なく、小学校には図書室がない。

援助機関も手をこまねいているわけではない。エイズやドラッグ問題を中心に、ファッションやスポーツ記事を盛り込んだ青少年向け季刊誌『Femina』(スワヒリ語・英語)を支援し、「子どもの本プロジェクト」を支えているのは、SIDA(スウェーデン国際開発協力庁)やNORAD(ノルウェー開発協力庁)である。

教科書や聖書・コーラン以外の本に接する機会はなく、薄っぺらい絵本にすら食らいつく子どもたち。「もっとたくさん読んで、いろいろなことを知りたい」。

2年間に8000人が訪れた、ゴザを敷いただけの私たち夫婦の「木の下こども図書館」。その子どもたちの声に応えるのは、作家や出版社にとっていばらの道でもある。

(中部大学 青木澄夫 前タンザニアJICA所長)

編集部注:青木さんはタンザニア在住時、自宅の庭を子どもたちに開放し、スワヒリ語の本を集めた子どものための図書館をボランティアで運営していました。

第33回:「ほっとけない?・・ほっといていいでしょう」 ウガンダ

第33回:「ほっとけない?・・・・、ほっといていいでしょう」(ウガンダ)

■「あんたのブラザーが日本から来ているよ」
活動任地で、行きつけの飲み屋のマーガレットに言われた。そこは、2階以上がホテルになっている、ウガンダではよくあるタイプの飲み屋である。夜になると、たまに娼婦もいて近づいてくる。

飲み始めて、しばらくすると明らかにアフリカ人ではない男が下りてきた。
私 「こんにちは。日本の方ですか?」
相手 「ほう、ここにも日本人がいたんだ」

それから彼が任地を離れる2週間、お互い時間があえば一緒に飲んだ。
彼はJICAプロジェクトで雇われた日本人。20年以上にわたって途上国の人々に水源を供給してきた井戸掘り職人。その大半がアフリカ大地での活動であった。今回も井戸を掘りに、こんなウガンダの地方までやって来た。

私は、開発コンサルの仕事を目指していたので、彼の今までの経験、知識、そして彼の持っている開発の思想などいろいろたずねてみた。彼の今までの経験は私の知らないことばかりであり、身を乗り出して話を聞いていた。

■一番印象に残っているのは、
「アフリカの援助? ほっといていいでしょう。彼らは彼らなりに楽しくやっているのに」。
この言葉に半分賛成、半分納得せず、今の活動を続けている。(五十嵐真)