■□ 日本アフリカ学会  (2005.5.28~5.29)
 
TICAD市民社会フォーラム  自主企画シンポジウム

---  アフリカの民衆の今と日本  ---

日時: 2005年5月29日(日) 14:30~16:30

会場: 東京外国語大学 研究講義棟 中講義室113号室
■ 式 次 第

<司 会> 吉田 昌夫氏 (日本福祉大学大学院 教授)

報告(1): テーマ「高まる国際的なアフリカ支援気運」  
           大林 稔氏(龍谷大学 経済学部教授)
報告(2): テーマ「アフリカにおける貧困削減と日本の援助改革」
        高橋 基樹氏 (神戸大学大学院 国際協力研究科教授)

コメンテーター: 笹岡雄一氏 政策研究大学院大学 教授
          白鳥清志氏 JICAエチオピア農民支援体制強化計画チーフアドバイザー
                  アフリカ理解プロジェクト副代表
           永岡宏昌氏 特定非営利活動法人 アフリカ地域開発市民の会(CanDo) 代表理事
出席者とのディスカッション:
最後に:


■ シンポジウム 概 要  ■

● 司会者によるオープニング (吉田氏)
・なぜ今、アフリカの民衆と日本なのか?
・研究者が援助にどうかかわっていくのか?
・アフリカでは貧困が増えている状況。気候の変動の影響。環境問題 ・・・・
 アフリカの問題をいろんな方に知ってもらいた。

■ 報告(1):テーマ「高まる国際的なアフリカ支援気運」  
                大林 稔氏 (龍谷大学 経済学部教授)

●  現在の国際的アフリカの関心について

 ・ 2005年は関連する二つのサミットが開催される。
 ・ OECD諸国は近年アフリカ支援を強化しつつある
 ・ アフリカを支援する二つの報告書が発表された
  (イギリスのアフリカ委員会報告書、 国連のミレニアムプロジェクト報告書)

● 二つのサミット
 ・ G8グレニーグルズサミット 2005年7月と2005年9月国連ミレニアムサミット
   ブレア首相 「G8サミットの主題はアフリカと環境!」
 ・  国連ミレニアム+5サミット 2005年9月
      国連ミレニアムゴールの初めての中間レヴューが行われる。

● 日本とMDGs、アフリカ
  ・ 低迷するODAと安保理問題
    近年、主要諸国の援助増加傾向にあるが、日本は逆に下がっている。

    GNI0.7%国際公約は,長年反故にされてきたが,近年欧州諸国は達成したか,達成期限を明確にした。
   →  ドイツが日程を発表したことが、日本にショックを与えたが,日本は依然達成への意思を示していない。

 バンドン会議にて
   小泉首相: アフリカに対する援助を3年間で倍増するとコメント。
 しかし仮に実現しても過去の最高時の水準に復する程度ではないかと推定される。

● アフリカ支援の主要な主張
  ・ UN Millennium Project, “Investing in Development”:  国連ミレニアムプロジェクト・チーム
  ・ The Report of the Commission for Africa: アフリカ委員会報告書

● MDGsを理論化するUN Millennium project (国連ミレニアムプロジェクト)

 ・  独特の「貧困の罠」理論に依拠
   貧困者は多少の援助をしても,貧困の罠から抜け出せない。アフリカはそういった状況にある。
   インフラ水準が一定の水準を下回ると、追加の投資は生産性を引き上げることが出来ない。
     また、所得が一定の水準以下であると、貯蓄を行うことが出来ず、従って投資ができない。
     さらに急激な人口増が貯蓄率を一層抑制する。
     アフリカはここ20年マイナス成長を記録した唯一の地域であり、生産性は停滞している。

  ・ なぜアフリカだけが貧困の罠に陥ったのか?
  → ガバナンスは貧困の結果であり、原因ではない。地理学的な要因が決定的である:高い輸送コスト、狭隘な市場、農業の低生産性、悪質なマラリアの蔓延、地政学的環境、技術移転の遅れ。

 ・ アフリカにはビッグ・プッシュ(大規模な公共投資)が必要とされる。
  → 大規模な援助によって資本ストックを一挙に増加させる。
     これによって援助が成長に結びつき,成長経路に乗ることを可能にする。
      一挙に教員の給料あげる、学校作る、資本ストックを増加させるなど。

● 実践的・政治的なThe Commission for Africa (アフリカ委員会)
  ・ 「貧困の悪循環からのビッグ・プッシュによる脱出」 という立場は国連ミレニアムプロジェクトと共通する。
  ・  しかし,アフリカ政府のガバナンス改善の必要性を強く説く点が,国連ミレニアムプロジェクトと異なる。
  ・  また,実践性に富んだ提言を特徴とする
   → ビッグ・プッシュ後,2010年に中間レビューを提言
   → さまざまな具体策の検討を行っている:
     IFF, International Finance Facility(イギリスがすでに提案済み)
     追加資金調達メカニズム検討
     航空機の炭素税
     外的ショックのバッファーのためのファシリティ
     IMF SDRの特別配分
  資金配分面では,40%を保健関係(HIV/AIDS含む)に投資。

● ビッグ・プッシュへの疑問
 ・ 貧困の罠とビッグ・プッシュへの理論的批判
   → なにが経済発展をもたらすかは、マクロ面では明らかになっておらず,ビッグ・プッシュの効果は保証されない。
     むしろミクロレベルで有効性が知られている事実に基づいたプログラム、政策をとるべきだ。

 ・ ガバナンスと援助吸収能力の不足が軽視されている
   → 援助執行の困難、腐敗・汚職の増加
 ・ オランダ病の危険
   → 大規模な援助の流入による副作用:為替の高止まり 
      → 国際競争力の喪失、人材の枯渇、資金の流出、援助をめぐる紛争など

● MDGs、二つのサミットと …
 ・ 疑問と共感
 → 二つのレポートは、一方はそれを理論的に裏付けようとし、他方はより現実の政治に活かそうとしている。しかし最終的勧告に根本的違いは見いだせない。
 → MDGsに掲げられたイシューは、長い議論を経て形成された「集団知」であり「合意」である。
 ・ 二つの報告書が格闘している問題は、アフリカの民衆が日々向き合っている事柄と無縁ではない
 ・ 二つのサミットのアフリカ民衆への影響は無視できないほど大きいものとなりうる。

「国際会議のいつもの空約束」と無視するべきではなく,真剣に検討し,日本政府に本格的な取り組みを求めるべきだ。


■  報告(2):テーマ「アフリカにおける貧困削減と日本の援助改革」
                   高橋 基樹氏 (神戸大学大学院 国際協力研究科教授)


1.日本の市民として援助をどのように見るべきか?
  援助懐疑論から:援助は本来不要なもの?

→ たしかに、それはアフリカが発展していずれ無くならなくてはならない。
   ただ、もともとその趣旨は、アフリカおよび途上国の開発・貧困削減を支援すべきもの。
   そして、われわれの税金を使って現実に何かが行われている。
     → その「何か」は、本来の趣旨のとおりに役に立っているのか、いないのか?
   → 現実にどのような影響を及ぼしているのか?
   → 少しでも役に立つように変えられるのであれば、どのように変えるべきなのか?
 納税者として、主権者として監視し、物申してゆく権利と義務**がある。

** 「義務」というのは、われわれが民主的にコントロールするべき政府が供与したお金で大きな影響がアフリカに及んでいるから。
例えば、構造調整の(世銀・IMFの)最大の協調支援国は日本。
もし、構造調整がさまざまな変化と悲劇を生んでいるのであれば、われわれにその責任の一端がある。
いずれにしろ構造調整をお手伝いしたものである。

2.アフリカ援助は近年どのように変わってきたのか?

 ・ 援助を見る視点として大切なこと

  政府開発援助を受け取るのは1国だが、その1国に対して援助を供与するのは、数十の国・機関。
  援助の本当の効果、全体的な影響は、自分の国の援助だけ見ていては分からない。
  →  世銀、米、英、仏、国連機関、場合によってはNGOなどを含めた集合的効果を見る必要。

 よってたかっての援助**(「援助の氾濫」)は、アフリカの政府・受入れ側を混乱させる。

**「援助」とは単に量を増やせばよいものではない
  → バラバラの援助のまま、援助を増やしても相手のためにはならない。

 ・ アフリカ側・受入れ側が管理でき、吸収できる援助の供与を!

  援助協調、さらには開発協調:集合的な援助の、開発に与える効果を改善、向上させるため。
  開発協調:主役はアフリカや途上国の政府。そのことを中核にすえた新しいパートナーシップ。

  1990年代以降の「貧困削減」への傾斜の意義。
      小さな政府=構造調整と援助疲れが欧米にもたらしたもの:援助全廃の危機
      1990年代の根本的な問い: 政府の存在理由、援助の存在理由とは
    → アメリカなどで援助が役に立っていないのではないかと疑問が起こった。
      政府にしかできないこと、援助にしかできないこと: 初等教育、プライマリ・ヘルスケア・・・
    → 国民が納得。

現在進行中の援助のリストラクチャリング:
脱プロジェクト化、全体戦略・財政・予算への援助側の関与、一般財政支援

    一般財政支援の意味:現金をアフリカの政府(財務省予算当局)に供与する
    「援助の氾濫」の回避
    援助国がアフリカ諸国の納税者と同じ権利を持つ:アカウンタビリティを求める権利。
    財政が予算どおりに使われること、予算・決算がガラス張りになること。
    顔の見えない援助?
      → 何のための援助か?根本から問わなければならない。
         貧困削減の元々の趣旨を突きつけなければならない。

    拠出者・債権者としての当然の権利か、新々植民地主義か?
        → 確かに援助側の介入は強まっているが、それには理由がある。

3.アウトカム志向の援助へ

・ 援助のリストラクチャリングに背を向けてきた日本

    背景は複雑(アジアの主要援助対象国では、必要なかった、考え付きもしなかったアプローチ)
         日本はインプット(金額)、アウトプット(学校の数・診療所の数、遺漏のない竣工)にのみ関心
         目指すべきは面的なアウトカム(識字率の向上、公衆衛生の増進、貧困削減・・・)

   → 顔の見える援助:援助は外交の手段、日本がこれを建てました!というアウトプットの主張が眼目

しかし、目指すべきなのは、識字率がちゃんと上がったのかなどのアウトカム志向。
われわれはそれを見ようとしてきたのか?
日本の援助はアウトカムに注目し、それを向上させようと現場から動いている。ぜひこの現場を見てほしい。

・ いくつかの細々とした改革努力:日本の希望?
  新しい援助(=一般財政支援等)で積み残された課題
     何故、一般財政支援供与国は、アフリカ諸国の納税者の代わりをするのか
       欧米・国際機関に根深いアフリカ諸国の政府への不信感 → 過去の経験で傷ついている。
       それは、アフリカ政治経済研究の認識と表裏をなす
       新家産制国家論、収奪国家論、空洞国家論・「無秩序の道具化」論、擬似民主化論
      いわば、国家の再構築を求めているのが現在の援助側

(欧米=慈善、日本=自助努力の支援、という見方はステレオタイプ。西欧の市民社会には、日本に比べて深く広い途上国、特にアフリカに対する援助への関心が根付いていると言うべし。それがアウトカムへの注視を支える)   →  イギリスで援助減額に対してデモが起こったが、日本では起こらない。

ただ、欧米の路線に援助依存からの出口がない?

・出口戦略は、
政府の行財政の監視など、主権をアフリカ諸国の国民に“戻してゆくこと” → 最終目的

つまり、開発・貧困削減、行財政の透明化・効率化などの成果を残しつつも、援助額や、自らのプレゼンスの縮小こそ、最終的に達成するべきアウトカムと思えること。
最終的には、援助供与側と受入側の双方の市民の関心と良識によって、援助の質が決まる。


■  コメンテーターから

● 笹岡 雄一氏 (政策研究大学院大学教授)

 ・TCSFの会員として非常に力強い議論をいただきました。
アフリカ学会では関西パワーを感じますが、ここでも同じ印象です。

MDGs自体はとても重要な目標であり、アフリカ以外の地域では実現されると思うし、昨今の援助拡充の傾向でアフリカでも相当程度達成されることになると思う。

しかし、達成して「よかったね」ではすまない状況があり、それは特に次の二つの分野である。

(1)人間の開発は最重要であり、MDGsはそれに沿った内容になっているとは思うが、現在の教育の目標は、アウトカムというよりもアウトプットに近いレベルだと思う。初等就学率を目標にしていたのでは、教育の質の問題、制度的な問題があるので、MDGsとしては目標が低いのではないか。初等教育の修了率まで視野に入れながら目標を実現していく必要がある。

(2)インフラの支援や貿易などにより、MDGsの所得貧困の削減が達成できるように一瞬見えたとしても、環境悪化などの長期的な問題が却って深刻化している可能性があるのでは。2015年を目指して世界が一目散になっているが、これをこえる長期的な落とし穴があることにも着目しておきたい。

そうは言っても、MDGsには真剣に取り組む必要がある。日本の取り組みの弱さや遅さに関しては、国会やマスコミにおける議論の弱さがそれを許してきたのではないか。日本も市民社会がそれを改善していかなければならないのではないかと思う。これに関連して、日本人の国際的な視野の狭さの原因として、外国人、移民の人、難民の人の数が少な過ぎると思う。国際的にはいびつな社会だから、そうした(視野の狭い)判断しかできないのではないか。


● 永岡 宏昌氏  (特定非営利活動法人 アフリカ地域開発市民の会(CanDo)代表理事)

 ・住民の交渉能力を高めていってほしい。
  エンパワメントという対立構造ではなく、市民が政府に入っていくという形。
 ・現地では教師一人が全部しなきゃいけない、診療所が2つしかない、などの現状。
 ・脱プロジェクト化は、NGO関係の自分としては自分たちが失業してしまう?
 ・介在者として村人と行政という関係を作るために、外部者が必要ではないか?
 ・現場の援助の役割。すぐに援助が終わると抜けてしまうから、現地の人間は無駄な努力しない。


● 白鳥 清志氏 (JICAエチオピア農民支援体制強化計画チーフアドバイザー、
            アフリカ理解プロジェクト副代表)

 ・タンザニアで働いてきたが何も変わっていない・・・。
 ・マクロの政策は大きく影響するが、ミクロの住民の生活は何も変わっていないので、もう少しつなげるようにしなくてはならない。
 ・アフリカに学校・病院・道路がないなどの問題。援助が増えるのは大切だが、援助依存症が政府だけでなく住民の間でも起こっているのではないだろうか。

 ・チャンスを見つけた人はほっといてもいいが、落ちこぼれた人はなかなか政府が拾うことが出来ない。
そういったことも見ていかなければならない。
 ・現場を見なければならない。政府にお膳立てをすることが援助の役割ではないか。
 ・人々を主体とした援助のあり方に共感した。日本人も関心を持ち、アフリカ市民も関心を持つことが大事。
研究者が変わることのインパクトの強さはとても大事だと思う。



■  出席者とのディスカッション

● 高林 敏之氏 (日本サハラウィ協会)
われわれが税金を払っているのだから、監視する必要はあるというところに共感した。
しかし人権問題、それを生み出す政治問題など、絡み合っている横のつながりの問題において援助を考えるべきである。政治も見ていかなければ変革もできない。
難民キャンプに支援は必要だが、その原因を変えることにはならない。
援助がいらないと言っているのではなく、根本的な問題解決に必要なのは、政治政策に問題関心持つことが大切ではないかと思う。
政治問題、平和問題などを日本政府が回避してきたからこそ、抜本的な問題解決には至っていないという経緯があるのではないか。

● 箱山 富美子氏 (藤女子大学人間生活学部)
一般支援援助に変換していった理由、先進国主導の援助の弊害が今出てきて、その主体を支援し、その主体が主体としてやっていかなければならない。
もう少しはっきりと示してほしかった。
政府の監視ではなく、オーナーシップを醸成していく方向は、国民に戻していく という長期的であるけど、政府のガバナンスを強化していけるのでは。

→(高橋氏)
高林さんのおっしゃることはそのとおりである。
政治問題まで絡めて話すとテーマがごちゃごちゃしてしまうので割愛していただけである。

箱山さんのおっしゃるように、欧米援助国が国民に主権を戻してゆくという態度で実際に行動しているかどうかは別問題だが、彼らの理想とするところは間違いなくそこにある。監視は厳しくしなければならい。
オーナーシップの醸成を待ち、ガバナンスを基準とする、ということになると、90年代、欧米の援助では選別せいが強まり、基準に合わない国は振り落とされていたという問題が生じたことを想起しなければならない。援助側は、援助を減らしたおかげで、そのことが原因で破綻国家を生み出したかもしれない、貧困悪化したかもしれない、ということに責任を感じなければならないのではないだろうか。


● 横関 祐見子氏 (JICA)
アフリカ会議について
教育にそんな資金いらない。何年間続けるのかについては具体化されていない。援助に非常に無駄がある。

アフリカ会議で、70~80億ドル。アフリカ人がお金を投げつけるのか。アフリカを馬鹿にしているのか!上から下への援助である。と怒っていた。→しかしアフリカが自分たちでやってやる!!と思ってくれたらいいのではないか。自分たちでという意識が高まる。

● 斉藤 龍一郎氏 ((特活)アフリカ日本協議会)
女性フォーラムを聞いていて思ったが、受け入れ側に人がいない。国外にでてしまう。頭脳流出が起こっている。
受け皿が一番問題なのであろう。それは国際的な支援で作れる。
途上国内できちんと、開発国は無関心でないというメッセージを伝えていかなければならい。
国内の新聞の紙面を買って伝えるなどの方法もあるのではないだろうか。

● 藤本 義彦氏 (広島経済大)
援助をすると考える、アフリカの発展を考える、それは難しいと思う。
NGOが一生懸命奮闘してやっていて一部だけ機能している。
外務省は現地ではなく、本国の方に目を向けている人がいる。
ガンバナンスの強化という議論があるが、日本の政府・援助国側の問題も大きいと思う。
支援側の国のガバナンスの強化も考えていかなければならないのではないだろうか?

→(大林氏)
政府は国民の代理人である。主権者は日本とアフリカの国民であり、主権者同士がきっちりと話し合い考えていかなければならない。援助はアフリカに多大な影響があるのに,日本国民は日本が一体アフリカで何をしているのか知らない。われわれNGOがしっかりしなければならない。アフリカの主権者をバックアップしなければならない。日本国民は代理人としての日本政府の行動に責任があるのだ。
アドボカシー団体がほとんどない状態で、政府に文句はなかなか言えていない。

→(高橋氏)
日本の希望的な面も見る必要がある。政府機構の中には援助のリストラクチャリングに努力した方がたくさんおり、頑張っている方もいるし、その方に声援を送ることも大切。われわれアフリカ研究者はアフリカに行くことが多いので、自分たちの役割は重いのではないか。

● 花谷 厚氏 (JICA)
市民社会の役割について。イギリスの財政支援についてどう思うか?とイギリス国民に聞いてみたが、少なくともNGOはインパクトのある支援についてODA に期待されることだと言っておられた。
ODAがいかにあるべきか議論されていた。
アフリカ国民に対して主権が戻っているのかが問題。日本では最近援助に関してNGOの方が入って議論されているので、国民に対して開かれつつある状況。

● 河内 伸介氏 (アフリカ日本協議会)
今日の話で、違和感を感じた。
NGOによる開発援助という話に焦点が集中している。
実際はNGOに対する評価が低すぎるのでは?
イラクに爆撃したアメリカには何も言わないのに、NGOがイラクに入ることに対しては批判があった。正当に評価してほしい。

→(永岡氏)
  アフリカに関しては現場NGOもまだまだ弱い。市民社会から支えられていない。

→(吉田氏)
  もっと市民に理解してほしい。そういう期待を育てることも重要である。

→(白鳥氏)
  欧米NGOは継続的支援ができる。お金をばらまいているところもある。
   NGOだからといって、必ずしもいいとは言えないこともある。

■ 最 後 に ・・・・

● 司 会  (吉田氏)
 ・アフリカ研究者が、これまで援助についてオープンに議論してこなかった。
 ・われわれが日本社会の一般の人々に対して、考えを声に出していくことはかなりのインパクトがあるのではないか。
 ・アフリカ研究者もアフリカの現状に関わりを認めるべきではないか。
 ・アフリカ社会という対象を自分が乱すことによって、学者として客観性がなくなるのではという不安をいだきがちである。しかしながら既に影響を与えてしまっているのである。

● 大林氏
 ・アフリカの人たちは多くの機会を奪われている。
 ・彼らも平等に機会を与えられて、自分たちがどう発展していくかを考える権利があると思う。

● 高橋氏
 ・大いに市民フォーラムのお仕事をお手伝いしていきたい。

以上。
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