1. まず3回にわたるTICADの経験の中から、市民社会のかかわりの重要性が認識され、国際協力に関して、日本においてもアフリカ諸国においても、市民社会の声が反映されるべきであるという主張が具体化されて、今日の発足の会となったことを喜びたい。 2. 本日の会は、アフリカの市民社会とのネットワーキングがスタートする前の段階として、日本のアフリカ援助のあり方を日本の市民社会の参加のもとに検討し直そうとする目的で開かれたものと私は理解している。TICADが1993年に発足したときから、NGOに代表される市民社会の声が会議そのものにとどかず、無視されてきた11年前の事態から見ると、これはおおきな前進である。今回は市民社会を一応代表するものとして、TICAD III開催中にアフリカ・アジア・日本のNGOシンポジウムが開かれたので、これをフォローアップする必要がある。 3. 日本の対アフリカODAの問題点については、以前から理念があいまいであるとか、援助にあたる当事者がアフリカの現地理解にあまりにも欠けるとか、アフリカ援助の経験が公開されないで、文書として奥深く隠されてしまうため、知識の蓄積が行われないとか、現地の人材雇用ができない仕組みが続いているとか、数多くの指摘がなされてきた。特にNGO 活動の支障となっていたのが、政府関係機関の援助関係のあらゆる文書にマル秘の印が押されてしまうことであり、透明性が確保されていなかったことである。 また特にアフリカに関しては、専門家の育成が遅れ、ミッションがアフリカ諸国に派遣されるごとに、先行調査に積み上げる形ではなく、いつもゼロからやり直すというやり方が多く、蓄積がなされないまま過ぎてしまった。 4. このような指摘が、TICADの会議をきっかけに、取り上げられ、改善されたというようなことは、残念ながらないようである。そもそもTICADは、日本政府が始めたというより、冷戦後の世界でいかにアフリカ援助を減少させないようにするか、という国際機関のイニシャティブで始められた。ただ日本政府が、これを利用して、アフリカ援助の重要性をアピールする場にしたことはよかった。 5. それにもかかわらず、TICADはいまだに日本の市民社会の中に浸透したとはいいがたい。ましてアフリカの市民の中にはほとんど何も知られていないといってよい。日本においてもTICADとは何かという問いに答えられる人はまだ少数であろう。TICADには、まだ日常的なPRが足りない。TICADは国家首脳、政府高官レベルには知られるようになったかもしれないが、中身を市民に問いかけるシステムがなかった。 6. TICADが真にその効果を発揮するには、市民の間に少なくともその存在がもっと知れ渡って、日本の国益に沿った援助という狭い考えに基づくのではなく、アフリカの庶民、草の根のひとびと、の利益を前面に打ち出した援助という観点を確実なものとし得る仕組みにする必要があろう。すなわちそのような制度化が求められている。それには困難も予想される。庶民とか市民社会というのは、実体を捉えがたい言葉ではあるが、近似的にもそのようなひとびとを代表するNGOを参加させ、ODAなどの援助評価や、緊急を要する援助課題を提示するなど、積極的にその声を反映させる制度を構築する必要にせまられている。