1993年、第1回アフリカ開発会議(TICAD
I)が開催された。ポスト冷戦期において、アフリカの問題に世界の関心を集めたことは、当時大きな意味があったとされる。それ以来5年毎に、TICADは開催されている。TICADは日本政府が中心となり、アフリカ各国の元首・閣僚、国際機関や欧米のドナー国、アジア各国の政府代表が、アフリカ開発の課題について話し合う政府間会合である。アフリカ開発のための理念と方向性を提示することを目指し、過去2回の会議を経て、アフリカ諸国の「自助努力」(オーナーシップ)と国際社会の「パートナーシップ」を援助哲学として強調してきた。そして3回目となるTICAD
IIIでは、人間中心の開発(HIV/AIDSと感染症、水、人的資源開発、情報コミュニケーション技術)、経済成長を通じた貧困削減(農業開発、民間セクター開発、インフラストラクチャ-)、開発の基盤(平和の定着、ガバナンス)、開発アプローチ(アジア・アフリカ協力、アフリカ域内協力・地域協力)といった分野について議論が行われた。
会議にはアフリカ23カ国の元首を含む89カ国、47の国際・地域機関、NGOなどが参加した。この会議では議長サマリーと10周年宣言が採択され、また、小泉首相がエイズ対策を含む保健医療、教育、水、食料支援などの分野に今後5年間で10億ドルの無償資金協力の実施を表明した。会議最終日には、TICAD
IVの開催も正式に宣言された。
近年、環境、社会開発、地雷問題などに関する国際会議で、NGOが様々な参画を行っている。TICAD
IIIにおいてもNGOがしかるべき役割を果たすべきだとの考えから、筆者は、NGOの一員として約1年にわたり活動してきた。本稿はその経験に基づいた個人的印象を述べたものである。TICAD
IIIに関わった全NGOの見解を代表しているものではないことをあらかじめお断りしておく。
1.
ACT2003について~NGOとTICAD III~
TICADはアフリカ開発の哲学や理念を話し合う場である――換言すれば、具体的に何をどうすべきかについて話し合う会議ではない――と位置づけられている。アフリカの現地NGOとのネットワークを持ち、草の根レベルで活動する人々を支援してきた、日本のいくつかのNGOは、TICAD
I以来、TICADに政府の意見だけではなく、アフリカの普通の人々の声を反映させようと試みてきた。TICADで話し合われるアフリカ開発の理念の恩恵を被るべきは一人一人の市民であり、また諸問題への施策の適切性・不適切性がもっとも影響するのは市民社会だからである。ここに市民社会とともに活動しているNGOが、TICADのような国際会議に参画すべき理由がある。
しかしながらTICAD
Iの時は、NGOの参加は全く認められず、アフリカの開発に関する会議に政府の意見のみが盛りこまれることに危機感を持った日本のNGO、研究者、学生ら市民はカンパを集め、アフリカのNGOをゲストに迎え、「アフリカシンポジウム」と題するイベントを実施した。TICAD
IIの時には、日本のNGO、研究者、学生ら市民はACT(Action Civile pour
TICAD)という連合体を結成し、アフリカのNGO、カナダのNGOと合同で提言書を作成し、本会議に提出した。本会議にもアフリカのNGOと共にオブザーバーとして参加した。
そして今回のTICAD
III開催決定を受け、アフリカに関して活動する日本のNGO有志は、2002年10月、TICAD IIIに向けた市民行動(Action Civile pour
TICAD III: ACT2003)という、日本のNGO、市民による時限的連合体を結成したのである。
2.
ACT2003によるTICAD III準備段階の取り組み
TICADのような国際会議でNGOが、そのような場に意見を反映させるために取ることができる方法は、提言書のような文章を提出することと、会議の場で発言をすることである。これらによって会議の公式記録や、採択される宣言文等に影響を与え、現実の課題(TICADならばアフリカの開発)に対して良い変化を与えようとするのである。
そこでACT2003が目標として掲げたものは、(1)アフリカの開発にアフリカの人々の声が反映される会議を実現すること、(2)各国政府ならびに国際機関に対する政策提言を行うこと、そして(3)日本の世論を喚起し、市民・NGOの声を、政府や国際機関の対アフリカ政策に反映させることであった。
そしてこの目標を達成するために行ってきた活動は、大きく2つに分けられる。
第一は、会議としてのTICADプロセスに参画をすることであった。具体的には、会議の準備過程から提言活動を行い、3月3、4日にエチオピアで開催された準備会合にACT2003から1名を派遣したほか、5月22、23日に南アフリカ、6月5、6日にケニア、6月23、24日にカメルーンで開催された3回の準備会合のうち、カメルーン会合には外務省の支援を受けACT2003から1名が参加した。また、外務省とNGOの定期協議会開催を呼びかけ、2003年4月以降、ほぼ月に一回のペースで行われた。ここでは外務省からは準備状況の報告がなされ、NGO側(ACT2003)からは、TICAD
IIIに向けたシンポジウム企画などについて提案を行い、それらについて双方が意見交換したり、本会議での議題について議論をすることができた。意見交換の場がもてるようになったことは、1つの進歩であった。また個別分野の政策協議会についても開催を呼びかけ、8月22日に教育および農村開発分野、26日に感染症分野について行われた。本会議の全セッションへの出席および発言の確保も要請したが、出席はオブザーバーとして実現したものの、発言の確保については議長の裁量によらざるを得ないとされ、結果的には時間不足などにより実現しなかった。
活動の第二は、個別分野に関するNGO提言書の作成と提出である。今回ACT2003は、紛争予防・平和構築、感染症、農村開発、債務と開発目標、そして教育に重点を置き、提言書を作成した。ACT2003は、来日したアフリカのNGO代表9名とともに、8月3日に国連大学でシンポジウムを開催し、ここで提言書の素案が採択され、9月上旬に開かれた共催者の最終打ち合わせの場に提出した。
我々はこれらの行動を通じて、アフリカの人々の声をTICADに届けようとしてきたのである。
3. TICAD
III本会議への参画
政府、国際機関の間の討議であるTICAD
IIIで、NGOはオブザーバーとして傍聴に徹さざるを得なかった。会議時間等の問題もあり、後述する「市民社会との対話」セッション以外には、発言の機会は一切なかった。
唯一NGOが発言できたのが、TICAD
IIIではじめて設けられた「市民社会との対話」というセッションである。前2回と比べれば市民社会の位置づけは高まった感はあるが、実態としては以下の通りであった。
同セッションでは、市民社会がアフリカ開発のために担いうる役割について、アフリカNGOおよび国際NGOからスピーチがあり、さらに日本のNGOからは笹川アフリカ協会と、ACT2003がスピーチを行うこととなり、ACT2003を代表して、筆者がスピーチする機会を得た。その後フロアからの発言が行われた。しかし議長の采配に問題があり、NGOによるスピーチの前にあったNEPAD事務局の講演を長々と続けさせたことで時間を使ってしまい、NGO側の発言者はたびたび発言時間を守るように注意された。また「対話」と銘打たれたセッションでありながら、参加者がそれぞれ自分の言いたいことを次から次へと述べていくだけで、そこでの報告や提案について議論を進めることもなかった。
TICAD
III本会合で配布された、共催者によるリファレンスペーパー(討議資料)においては、市民社会の役割は、「コミュニティに根ざした開発を促進するもの」であるという認識でしかなかった。だがアフリカ、アジア、そして日本のNGO参加者たちは、本会議前日に討論会を開き、このことについて議論した。そこでは、市民社会にはそのような役割以上に、アフリカ開発事業の計画、実施、そして評価といった全プロセスに全面的に参画し、監視、提言を行っていく役割こそが重要であることが確認された。そして、アフリカ・アジア・日本の市民社会の協力によるそのようなメカニズムをTICADプロセスの中に設置することで、アフリカの市民社会の声が反映され、アフリカの草の根の人々の発展に貢献できるのではないかと考えた。この提案は文書化され、「市民社会フォーラム宣言」として会場に配布された。筆者は同セッションでの発言時間において、この提案についても説明した。しかしながら議長サマリーではこのような提案についてなんら触れられることもなかった。
そもそも、10周年宣言はともかく、議長サマリーまでも文章のたたき台が何ヶ月も前から練られていたのである。国際会議はそういった形式的なものだと割り切ることもできるのかもしれない。しかしこの会議のために日本政府をはじめとする共催者は多額の費用を支出しており、これはもとをたどれば各国民の税金である。またNGOとして自分たちも多大な努力を払ってきたことを考えれば、割り切れるものではない。
結局、NGOの提言書提出や発言でTICAD
IIIに影響を与えることはできなかった。「市民社会との対話」セッションも、単に参加したNGOの意見を述べるだけの場になり、結果として、本会議に何の影響も与えないセッションとなってしまった。
一方で、TICAD
IIIの成果物である議長サマリーでも10周年宣言でも、アフリカ開発全般や個別分野において、問題解決のために市民社会が果たす役割の重要性は指摘されている。たとえば議長サマリーでは、NGOの役割について、「国家・公的機関の取組と市民社会の取組の間の相互補完的関係」と認識されている。しかしながら、その役割すら、オブザーバーでは果たすことができない。かえってそこにいたことで、主催者側の「NGOも会議に参加させた」というアリバイ作りに利用されてしまったのではないか、との思いは大きい。
NGOの仕事は、「開発プロジェクト・プログラムを実施すること」と同時に、「政策を監視すること」である。そしてそれらについて、政策提言を行うことである。今後のアフリカ開発にとって最も重要なことは、各国政府・国際機関とNGOが政策協議を重ね、個別課題における政策、あるいはドナーの対アフリカ政策を、アフリカ市民社会志向のものに変えていくことだと考える。
4.
NGOの一員として見るTICADの意義
TICAD自体は、「アフリカの開発に関する哲学を討議する」という曖昧な位置づけにより、新しく何らかの政策決定が行われるというような場にはならなかった。
とはいえTICADにも、今後いっそうアフリカに役立つものとなる可能性はある。第一には、日本政府の対アフリカ政策をアフリカの発展に有効なものへと転換することである。第二にアフリカと日本(そして他のアジア諸国)の市民社会がTICADを通じて交流、協働、連帯を強める機会を増大することもまた可能である。第三に市民社会の主張をアフリカ諸国、国際社会に訴えるために、TICADの場を活用する余地はまだある。
TICADで語られる「理念」とアフリカの人々が直面する「現実」との間には、依然として大きな隔たりがある。この隔たりの原因は、理念が現実のものとなる間の長い道のり――予算付け、制度作り、組織作り、計画、実施、評価――にあるのではないか。この長い道のりを経る間で、多様なアクター間で「駆け引き」が行われる。この長い道のりと駆け引きの中で「理念」は歪み、「理念」に描かれたような「現実」が生まれなくなるのではないか。だとすれば、美しい「理念」ばかりを話し続けることにどれほどの意味があるのだろうか。
TICADプロセスが始まって10年が経った。何が問題なのかについては、政府もNGOも総論ではそう隔たりはない。現在は、では何を、どのようにすれば問題を解決できるのかについて、議論を深めなければならない段階なのである。このことは10年も前からアフリカのNGO参加者から聞かされてきたことだ。TICAD
IV開催も決定した。TICADがこの先もただ理念を話すだけのイベントであり続けるのか、理念の現実化に向けてさらに踏み出していくのか。NGOの一員として働きかけ続けねばならないと思っている。
(こみね・しげつぐ/アフリカ平和再建委員会事務局長、ACT2003元代表世話人)
参考:
TICAD10周年宣言や議長サマリーなどTICAD III公式文書は、以下に掲載されている。 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ticad/index_tc3.html
NGO提言全文、TICAD III本会議「市民社会との対話」セッションにおけるACT2003の発言、市民社会フォーラム宣言(英語)、市民社会フォーラム声明文(英語)などACT2003関連文書は、以下のACT2003ホームページから読むことができる。
http://act2003.org/
アジア経済研究所『アフリカレポート』No.38
(2004年3月)より
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