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政府系機関関係者:白書に関し、どの地域や国を対象にするのか、それともアフリカの全ての国なのか。例えば、PRSPやHIPCsの下でマクロ経済の安定と民主化や教育などガバナンスの面で、自助努力をした国、しない国、その中間に位置する国と、3カテゴリーに分類できる。例えばこの分類でどこを主な対象にするのか、を考えるのも一つの整理の仕方ではないか。もう一点として、どのような白書をイメージしているのかということ。TCSF代表提案はどれも良いアイデアだが、市民白書に関しては、霞ヶ関から見ても説得力のあるペーパーであることを目指せたらと思う。その際、専門性はもちろん、学術的信憑性も必要。日本のアフリカ研究者数は少なく、専門の国や地域、分野がやや細分化し過ぎている。従って、研究者は非会員の第三者も呼び込むのか、またはウェブ上でアクセスできるデータを利用するのか、等も考える必要がある。
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TCSF代表:アフリカへの知見、評価方法への蓄積、フィールドでの援助への知識、人類学的な意味での農民側からの視点などが必要だが、これらを一人で持つ人はいないので、様々な人に参加してもらうか、ブリーフィングしていただくことが必要だ。とくに評価の専門家の協力をえることも必要ではないか。また、チームのTORにリソースの掘り起こしも加えるべきだろう。CPに到達しているかは、対象国分類の基準のひとつとなりうる。
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政府系機関関係者:霞ヶ関に向けて白書でアピールするのならば、日本からのODA供与額が多い国を重点とするのも一案か?
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TCSF代表:検討に値すると思う。日本の援助の影響力と言う点からは、一人当たりへのODA供与額を比較することも可能だろう。
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NGO関係者:評価の問題で、6月4日のTCSF勉強会で白書を提起したときには、既に援助しているもの以外にも、現場からの要求やプレゼンスとして日本の支援がないと言うことも視点に入れて考えようと言うことだった。どこに力点を置くべきか、どういう地域に力点を置くべきかを早めに出す必要がある。その点では現状認識の摺りあわせが必要になるし、指標になる数字が求められる。例えばアフリカのエイズで平均余命が下がる国などを指標とすると流れが見えやすくなり、白書がまとめやすいのではないか。
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TCSF代表:我々がやろうとしている評価は、援助している側から見て援助が効率的かをはかるのではない。援助対象国の民衆、とりわけ貧困層によい影響をおよぼしているかを評価するものである。そのための評価基準、評価方法を我々が作らないといけない。
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政府系機関関係者:先ほどアフリカ諸国を3グループ化することを提案したのは、過去の実績を評価するのが目的ではなく、あくまでも今後MDGs達成に向けて何かを提言するに際しては、50ヶ国以上あるアフリカの諸国を何かの規準でグループ分けしないと、何が問題か、そのうちどの問題を対象とするのかが見えにくいと考えたから。
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開発コンサルタント:実施者側の評価に関わってきているが、TCSFの試みは、実施者側の評価とは異なるところで、専門家として評価すると言うこと。そこが強調された市民報告書だと良いと思う。市民の視点を持つことで、我が国のアフリカ支援について細かい指摘ができると思う。WGを設置してもう一度議論する必要がある。
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研究者:7月11日のシンポジウムで入会を希望した人は現在実際に入会したのか、入会していない場合はなぜ入会していないのか、会員数が少ないまま、本格的な活動を開始していくのかを知りたい。まだ会員にはなっていない人には、今年度後半からはTCSFの活動を開始するので、ぜひ参加して欲しいと言う問い合わせをするべきだと思う。
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司会:シンポジウムのアンケート結果でも、どう関わっていけば良いか分からないと言う意見があった。その意味で、現在様子見している人も多い。本日お集まりいただいているのは、まさにこの点をクリアするためであり、各事業をどのような構成と日程をもってどのように取り組むのかという点について、話し合っていきたい。具体的な活動が明確になれば、参加もより容易になるであろう。
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民間企業:市民と言う使い方の意味は?市民の意味合い的にはエリートと言う観点もあるし、本当に一般の人や何らかの形で白書と市民の関連をつけようとしているのか良く分からない。
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TCSF代表:ここでいう市民とは、広義には、政府、公的機関に属さない人々、狭義には、市民社会、つまりNGO.を指す。実体的にはTこの問題に関心があり、活動している市民がこれにあたる。思想史上の「市民」や「市民社会」に関わる論点には立ち入らない。
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研究者:敢えて市民を定義付けをする必要はなく、むしろ活動の中で見えてくる実態から、市民を問い直していくことを考える必要がある。どういう層を対象にするのかを明確にする必要がある。
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研究者:対象となる市民と、評価をし市民白書を書くNGOの市民は異なる。書く人はエリートかもしれないが、字をかけない人の意見も吸い上げないと問題になると思う。
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TCSF代表:基本的に貧困や社会的弱者を対象にしたい。弱者にとって有益な援助かどうかがもっとも重要な規準となるべきだろう。白書は、社会のグループの中で本当に裨益しているのは誰なのかを明確にする。
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NGO関係者:日本にいてたまたま行った人が底辺の様子や社会的弱者の様子を把握するのは難しい。書く人は地元の人である。どういう形で表現されているのかが重要になるのでは。日本人がフォロー調査をすることは考えにくい。
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研究者:参加型の評価ではなくても、誠実に判定すれば良いということか?普通は貧困層の意見を吸い取るための参加型評価がよく言われるが。
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研究者:「貧困者の声」は世銀で出ているが、あのもとである参加型貧困アセスメント(PPA)では、多くの国で多様な貧困の様相と共に一時的な貧困層(transient
poor)はかなりの階層間移動をしていることがわかった。この参加型調査をふまえて、PRSPやセクタープログラム(SP)の参加型ワークショップが開かれている。しかしながら、現行のPRSPにおける参加型の枠組みも十分ではないほか、当事国の議会でそれを受けた予算が十分に審議されてはおらず、一部のNGOからは参加型の意思形成過程から疎外されているという意見もある。援助の透明性も大きな問題。1990年代「有効な援助」で言われたのは、援助資金量よりも政策の内容が重要ということ。これは2000年のミレニアム開発目標(MDG)やセクタープログラムにおいてある程度具現化された。2000年を越えてから現在は、政策も重要だが、政策を支える制度が問題とされている。MDGや一応の貧困削減戦略(PRS)を政策として整えている国は多いが、政策を実施する制度、つまり公共サービスのデリバリーや貧困削減のモニタリングを確実に行える国は少ない。市民社会がこうした公共的制度を補うのか、市民社会が成り代わるのかは、国によって状況は異なろうが、公的セクターが弱いことに配慮して、市民の声を強化することが重要だと思う。
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政府系機関関係者:その意味で、どの諸国を対象にするかで白書の発信する内容も作業の重荷も違ってくる。会員の正確な構成メンバーが分からないので、白書の作成作業にどれほど負荷がかかるのか分からない為、例えば自助努力をしたCP到達国など負荷の比較的軽いところから白書による提言の実績を作り、TCSFの方向性を示すことが出きれば、具体的にTCSFはこういうことをやるところかと第3者も認識し、会員が増えることにも繋がるのではないか?
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研究者:冒頭に、大掴みにアフリカ諸国のグループ分けを示す必要があるのではないか。恐らく、多くのメンバーの関心は橘田さんの言われたHIPCs完了時点の国というよりも、政治秩序が崩れた国や、いったん安定しても紛争が繰り返されそうなCHEsの国ではないか。私自身もHIPCs完了諸国を中心に見てきたが、自助努力ができていない国も相当取り込む必要があろう。ただし、重度の紛争国は取り組めないわけだし、開発援助から人道援助までのある範囲という設定になろう。
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TCSF代表:CPに到達した国でもNGOから言い分があるのは同感。アフリカの政府への働きかけを白書のポイントの一つとするかは、充分検討する必要がある。しかし、白書の最重点はあくまでも日本側の援助改善にあるべきだ。国際的な援助アプローチが制度へと移行しているとの指摘はそのとおりだが、他方、ドナーである日本自身の改革は、依然として制度はおろか政策にまでも及んでおらず、基本的政策や制度の見直しは殆ど行われていない。この点を忘れるべきではない。アフリカ側では、制度・政策作りにNGOが参加する枠組みが議論されているが、この点でも日本は大きく遅れており、TICSFはこうした日本の現状を変えることを目的としている。
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開発コンサルタント:例えば象牙海岸は今の状況に問題があるとしても以前の状況は良かった。今の状況まで予測するのか?
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TCSF代表:予測は私達の能力を越えるし、するべきではないだろう。しかし、「今そこにある危機」に対する日本政府の政策は評価の対象となりえると思う。コートジボワールについていえば、暴力の勃発前にすでに社会・政治的危機は進行し、激化していた。このままでは危険だということは、普通の人みなが認識していたことである。そうした状況に対応せずに従前どおりの政策を継続するのがよいかどうかは、評価事項となりえるであろう。
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NGO関係者:以前デッドネットが、ODAの公開を求めたことを思い出した。ODAは社会的弱者、病院や教育に渡されるべきであり、警察や車に渡るものではない。実際に使われるODAのトレースをする視点を評価の際にもつべき。2003年の「世界水フォーラム」ではケニアでODAの残預金を、水に関する案件に回すことがコメントとしてでた。他のNGOとの情報収集・共有は必要。
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JICA:アフリカに興味を持っているみなさまがTICADとODAのどこに関心があるのかと言うのが少し分かってきた。関心事は人により様々だが、いずれも的を得たものばかりだ。 しかし、その関心を集約し、まとめて報告書を作成するとき、対象と狙いを明確にしないと散漫になる可能性もある。読者等ターゲットを定め、具体的に内容をつめ、情報入手の可能性・我々のキャパシティー(時間・予算など)を今後話し合う必要があるだろう。
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NGO関係者・元外務省関係者:現状を考えると時間もないし、お金もないし、人手もない。現地NGOとコンタクトするにしても、コミュニケーションが難しい。ACT2003でコンタクトしたNGOを使ってはどうか。プラグマティックに考え、作業日程を作った方が良いのではないか。
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TCSF代表:我々の力量とコンタクトの制限が重要。資金面では、当面はNGO助成金よりも研究助成金を中心に応募を続ける。アフリカに近々行く人は現地のNGOと協議してきて欲しい。そのために今月中にTCSFの英語の紹介文を作る必要がある。
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TCSF代表:アラートと資金プロジェクトに関しては?
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研究者:アラートの重要性を感じているが、情報を出すことは難しいのでは?
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TCSF代表:外務省も早めの公開を進めたい意向を示しているので、協議を行う必要があるだろう。
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NGO関係者:JICAもネットに掲載されている。
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TCSF代表:公開される事業は、すでに後戻りや修正が効かない事が一般的であり、それ以前に問題点を発見することがアラートの目的である。事後告発型ではなく、事前警告型をめざす。とりあえずは公開情報や現地での聞き取りにより情報収集を始める。またほぼ定期的に供与されているプログラム援助(KR,KR2,ノンプロ無償)などは、すぐにでも取り組める対象となるだろう。また、これまでも大きい問題が現地のNGOから提起されてきた経緯もある。ネットワークの整備が進み、TCSFが情報を収集していると分かれば、情報も集中してくるであろう。
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NGO関係者:現地のNGOはもちろん、現地メディアのネットワークがある。メディア情報とNGOの情報でかなり出てくる。
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JICA:この中で一番簡単なのは「援助セミナー」ではないか?事務局が現地に出向き、アフリカNGOと会い、援助セミナーを通じて相互の信頼関係を強化する方が現実的ではないか。
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司会:援助セミナーの設置理由としては、援助を受ける側の団体と円滑に付き合うためという意図もある。
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TCSF代表:セミナーは来年3月を考えている。あとは講師派遣費用が必要。
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司会:彼らと実際に活動を始めるのは、2005年夏以降なので、関心を持続させるために、勉強会の報告や、メルマガなどを日本や英語、フランス語などで出したい。もちろん、これは立ち上がってくる広報班の方々で検討し、決定することではあるが。JICAや外務省と交渉して行う必要がある。
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NGO関係者:ACT2003の報告書が2004年9月に出る。向こうに渡せば、問い合わせが来るのでは。500部刷る予定。
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研究者:白書は2006年を予定されているが、2005年にできないか。2005年のG8(イギリス)がアフリカ重視である上、世銀主催のグローバルデベロップメントネットワーク(GDN)理事会が2005年1月にセネガルで行われ、MDG中間評価が2005年9月に行われるなど、2005年は世界的にアフリカ関係の会合が多く行われる。TCSFの視点を際立たせるためにも2005年の発行を目指すべき。
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TCSF代表:ご指摘どおり、タイミングは重要である。2005年の白書出版は無理だが、白書のコンセプトと呼びかけ文の公表は可能であろう。また、そのころには研究会も終盤に入るので、簡単なリーフレットやコンセプトペーパーを作成、配布するなどの努力をする必要があろう。
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NGO関係者・元外務省関係者:
ACT2003でスケジュールに合わせて活動をしたことを考えれば、可能ではないか。参加者による暫定的なリサーチペーパーだけでも、インパクトがある。
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NGO関係者:アフリカ援助アラートで不良開発を予防するとあるが、不良開発の判断基準を明確にすべき。
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TCSF代表:対アフリカ政策が評価対象なので、日本が関与しないプロジェクトにコメントするのは難しい。NGOの質にばらつきがあるとの指摘があったが、どのNGOと連携するのかは、現場を見ながら判断するしかない。その上でそのNGOが日本の資金を利用することに異論があるのならば、発言するべきだろう。
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政府系機関関係者:アラートを出すときに、情報確認はどうするのか?
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TCSF代表:告発ではなく、情報公開を促すのが第一の狙いであり、したがって完璧な情報は不要である。問題の可能性が指摘されるから情報公開をもとめるのであり、情報確認はむしろ当局側の責任であろう。確認情報を十分持っていないと、発言したり情報を要求したりする権利が制限されるのであれば、市民の参加は不可能になる。
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司会:実務者が個人名で意見を出すことは難しいが、市民の立場から情報を享有して、開示を求めることは可能では。
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NGO関係者:曖昧でもある程度の客観性を持つ必要がある。